夫婦関係で「相手を変えよう」とすることを、もうやめた|自分を守るために手放したこと

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「私がどうにかしなきゃ」と一人で背負い続けていた

夫が単身赴任から帰ってくるたびに、私は苦しくなっていました。

家族の中で何か起きれば私が調整役になり、夫婦で話し合おうとしても、なかなか噛み合わない。「どうして分かってもらえないんだろう」と、ずっと悩み続けてきました。

「結婚した私の責任なんだ」と、しんどくても、限界でも、必死にやってきました。

夫の特性を知ってからは、「私が理解しなきゃ」「どう伝えたら分かってもらえるのか」と、伝え方を変えては試し、うまくいかなければまた考える。その繰り返しでした。

「相手が変わらないのは自分の伝え方が悪いんだ」と、ずっと思い込んでいました。

私はもともと、気になったことをそのままにできない性格です。だから、「どうにかしなきゃ」と思い詰め、家族を優先して動き続けていました。そのとことん向き合おうとするところが、自分の生きづらさにもつながっているのだと思います。

「もう、いいや」と思えた瞬間

その大きなきっかけになったのは、2月の出来事でした。

その日も話し合いが噛み合わず、夫が逆ギレしたあとに鼻歌を歌い、ため息交じりに「帰りたい」と言いました。

子どもたちも聞いていた「帰りたい」という一言に、呆れてしまいました。

この人は、やっぱりこういう人なんだ。
鼻歌も、「帰りたい」という言葉も、やっぱり理解できない。

今まで言葉を尽くしてきた私の中から、もう言葉が出てこなくなりました。

帰りたいと思ったら、帰る場所がある。

しんどくなったら、戻る場所がある。

帰る場所があって、いいよね。

私は、逃げる場所なんてないのに…

逃げたいと思うことは、何度もあった。
でも、子どもたちを置いて逃げることなんてできない。

家族の中で何か起きたとき、夫は感情のまま家を出て、その場から離れて気持ちを落ち着かせたり、問題から距離を取ったりできます。でも私は子どもたちがいるから、離れることもできず、その場の空気を一人で抱えて、気持ちを切り替える余裕もない。

それまでの私は、嫌なことをされても、自分の気持ちを押し込めて無理に柔らかく伝えようとしたり、笑ったりしていました。

でも、もう疲れました。

自分を削ってまでどうにかしようとするのが、もうアホらしくなってしまいました。

そこまでして、私が頑張る必要なんてないんじゃないかと思いました。

もう無理。もう嫌。
同じ空間にいたくない。話したくない。

今までなら私から動いていたような場面でも、動かずにいたら、2日後に夫が謝ってきました。

半年間の冷却期間と、気づいたこと

2月の出来事から6ヶ月。

会いたくなかったので、会いませんでした。もう、自分の気持ちを乱されたくなかった。

私には、半年という期間が必要でした。

嫌なものは嫌だと伝える。無理なものは無理だと拒否する。動きたくないときは、動かない。「私がやったほうが早い」と思っても、一度待ってみる。

そして先日、半年ぶりに夫が帰ってきました。

今まで自分でやった方が早いからと私がやっていた、ほんのちょっとしたことを、今回は夫に任せました。

私はこれまで、夫婦関係をどうにかしようと、自分を削りながらやってきました。伝え方を変えたり、話し合ったり、夫のことを理解しようとしたり、とことん向き合いました。

「ここまでやったんだから、もういいや」

もう、分かり合おうとすることを手放そうと思いました。

「やり切っていない」という気持ちが残っていたら、きっとまだ続けていたと思います。

でも、もう十分やりました。

いくら私が頑張っても、本人が「変わろう」と思わない限り、人は変わりません。

もう、相手が変わるまで自分が頑張り続けなくていいんだと思えました。

長女と私には、少し距離を置く時間が必要だったんだと思います。
少し距離を置いたことで、私自身も自分の時間を持ち、自分の気持ちを取り戻すことができました。

距離があることで、それぞれが自分を保ちながら、また一緒に過ごせる。

楽しむことも、自分を守ることも否定しない

反抗期の長女も、夫と二人で買い物に出かけたり、次女とはプールに行ったり、家族でカラオケに行ったり、楽しい時間もありました。

以前なら、「まだ許せていないのに、楽しんでいいのかな」と悩んでいたと思います。

でも、今は少し違います。

嫌なことは嫌。

許せないことは、まだ許せない。

しこりや苦しさが残っていても、笑えるときは笑っていい。

そのときの自分の気持ちを、もう否定しなくていいんだと思うようになりました。

それでもやっぱり鼻歌を聞くと腹が立つので、気持ちを落ち着かせるなら、鼻歌以外の方法を取ってほしいと夫に伝えました。

半年という時間があったことで、私の中でも少しずつ何かが切り替わっていったんだと思います。

嫌なものは嫌だと言っていい。無理なものは無理だと伝えていい。

ほんのちょっとのことかもしれないけれど、私は、この「ちょっと」ができていなかったんだと思います。

自分の気持ちに反してまで、笑わなくていい。

分かってもらうまで、自分を削って伝え続けなくていい。

誰かを変えることより、自分を守ることを選びたい。

自分の気持ちを置き去りにせず、自分を壊さないように、これからはそうやって生きていこうと思っています。

孤独がある中で、どう自分を守りながら生きていくか。
これからは、それを考えていきたい。

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