“HSP”や、共感力が高すぎて生きづらさを感じやすいと言われる“エンパス”など、今はいろいろな言葉があります。
考えすぎてしまう私は、
「自分はHSPなのか」
「エンパスなのか」
「発達障害なのか」
そんなふうに、
「自分は一体なんなのだろう」
と悩んだ時期がありました。
発達障害者支援センターで「感覚プロファイル」という検査は受けましたが、数万円かけて発達検査を受けた方がいいのか悩んだこともあります。
その悩みを、発達障害者支援センターやカウンセリングなどで相談する中で、
「特性にはグラデーションがあり、環境によって生きづらさの感じ方は変わることもある」
ということを知りました。
例えば、安心できる環境では力を発揮できても、否定されたり急かされたり、感覚に合わない環境では、生きづらさを強く感じてしまうこともあります。
「診断があるかないか」だけで線を引けるものではなく、
大切なのは、
自分はどんな環境が苦手なのか。
どんなときに苦しくなりやすいのか。
どんな困りごとがあるのか。
どんな工夫をすると少し生きやすくなるのか。
そんなことを少しずつ知っていくことが大切なのだと感じました。
今までの私は、夫のことも、子どもたちのことも、私がどうにかしなければと思ってやってきました。
特に子育てでは、子どもの小さな変化に気付くたびに、
「今、動いた方がいいのかな」
「もう少し見守った方がいいのかな」
そんなふうに迷うことがあります。
子どもが困らないように動くことも大切だけれど、困った経験を通して本人が気付くことも大切なのだと感じました。
カウンセリングや相談を通して、自分の考え方や距離の取り方を少しずつ見直すことができました。
「私がどうにかしなければ」
「子どもが困らないように」
と思うあまり、先回りしすぎて、子ども自身が考えたり気付いたりする機会を減らしてしまっていたのかもしれません。
もちろん、困りごとに早く気付き、必要なサポートにつなげることは大切です。
特に心の不調は、早めに気付き、相談できる環境を作ることが大切だと感じています。
親ができることは、困りごとに気付き、必要なサポートにつなげたり、環境を整えたりすること。
でも、本人自身が自分の苦手なことを知り、自分なりの対処法を見つけ、困ったときに助けを求める力を少しずつ身につけていくことも大切なのだと思っています。
その「どこまで手を差し伸べるのか」という距離感に、今でも迷うことがあります。
以前の私は、家族に対して、どうにか分かってほしいと強く思っていました。
その思いが強いほど、
「なんで分かってくれないんだろう」
と苦しくなり、関係までこじれてしまうことがありました。
家族に理解してもらえることは、とても心強いことですが、相手に理解してもらうことばかりを求め続けることには限界があるのだと気付きました。
だからこそ、理解してもらえない相手を変えようと頑張り続けるよりも、理解してくれる人や、安心して相談できる場所とつながることの大切さを知りました。
発達検査も、自分の特性や困りごとの傾向を知る、一つのきっかけになることがあります。
私自身は、相談やカウンセリングを通して少しずつ自分を知り、自分との向き合い方も変わっていきました。
以前は、できない自分を責めていました。
でも今は、感覚の過敏さを抱えながら、長年一人で子育てをしてきた環境を振り返ると、私にとってワンオペ育児は、休みのないブラック企業で働き続けているような感覚だったのだと思います。
子どもたちを送り出してホッとすると、張りつめていた糸が切れたように動けなくなる日もあります。
心療内科で処方してもらっている薬に助けてもらいながら過ごす日もあります。
それでも今は、
「この環境なら、しんどくなるのも無理はなかったのかもしれない」
と、以前より少しだけ自分を責めずにいられるようになりました。
自分を知ったからこそ、
無理なことは断る。
必要なときには距離を取る。
一人で抱え込まず相談する。
自分を責めすぎないことが大切だと知りました。
親には親の人生があり、子どもには子どもの人生があります。
親はいつまでも子どもを守り続けることはできません。
だからこそ、子ども自身も、自分はどんな人なのか、どんなことが苦手なのか、困ったときには誰に相談すればいいのかを知り、自分を認めてくれる人や安心して相談できる場所とつながりながら、自分を守る方法を少しずつ見つけていってほしいと思っています。
診断名がゴールではありません。
自分を知り、自分に合った環境や距離感を見つけながら、自分とうまく付き合っていく方法を少しずつ身につけていくこと。
私は、その積み重ねが、生きやすさにつながっていくのではないかと思っています。
↓HSPという言葉を知り、自分の感じ方や生きづらさについて考えるきっかけになった一冊です。

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