「転校したら子どもが可哀想」
「お父さんと一緒に暮らせなくて可哀想」
「入園式、卒園式、お父さん来られないの? 可哀想ね」
「離婚したら子どもが可哀想」
「もうカウンセリング受けてるの? 今からそんなんじゃ大変ね。可哀想に」
「今からメガネ? 可哀想」
「子ども一人? 兄弟作ってあげないと可哀想よ」
「食物アレルギーなの? 食べられないものが多くて、可哀想ね」
なんて言われたこともあった。
そんな言葉を向けられて、子どもたちがふと、
「私って可哀想なの?」と口にしてしまうことがあった。
そして私も、
「私が悪いのかな…」「ごめんね」と自分を責めてしまうこともあった。
周りが決める「可哀想」に振り回されて、そのたびに敏感に反応し、
「可哀想って言われないように」と力が入って、踏ん張ってやってきた。
でも、ずっと力を入れ続けるのはしんどくて、
そんな自分に疲れてしまうこともあった。
だからお願い。
「可哀想」って、簡単に言わないでほしい。
その人の人生を、周りが勝手に決めつけないでほしい。
このままでいいと思っていることもあれば、
願っても叶わない事情を抱えていることもある。
その人の背景を知らずに、軽く言わないでほしい。
その人なりに、もがきながら、悩みながら、考えながら、
踏ん張りながら、毎日を生きているから。
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AYAKO
最後まで読んでいただきありがとうございました。


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