ASD・ADHD傾向の夫との11年 | 心も身体も限界になり心療内科を受診【カサンドラ症候群】

※本サイトはプロモーションが含まれています。

涙が止まらなくなり、心療内科を受診

去年9月から、涙が止まらない状態が続きました。

子供達の命を守っていかなければいけない。
生きたいのに、どう生きればいいのか分からない。

消えてしまいたい…と思うほど追い詰められていて、「このままではいけない」と思い、11月に心療内科を受診しました。9年ぶりの受診でした。

やっと来れた…。やっと言える、やっと聞いてもらえる…。そんな心境でした。

周りの目や人間関係を気にせず話せる空間で、11年間の思いを全部吐き出しました。

止まらない。次から次へと溢れてくる、溜め込んできた言葉と涙…。
吐き出していくうちに、自分の気持ちに気付きました。

私、ずっと淋しかったんだ…と。

怒りの奥には、いつも淋しさがありました。
何年もほぼ一人で育児をしてきて、相談もできない。悩むのも、解決するのも、いつも一人。

「結婚の意味ってなんだろう」「夫婦ってなんなんだろう」と考えてしまう日々でした。
子供達に何かあった時は心細く、不安で、どんどん孤独になっていきました。

響かない夫

しんどい時、支えてもらえない。寄り添ってくれない。助けてもらえない。伝えても伝えても、なんでこんなに響かないんだろう…と、ずっと悩んできました。

家族や周りに相談しても、「夫婦ってそんなもの」「男の人ってそんなものでしょ」「離れて暮らしてるなら楽じゃない?」と言われたり、私のせいだと言われることもありました。

周りにも理解してもらえない。夫とは会話が噛み合わない。感情共有ができない。SOSが届かない。

そういう孤独が、少しずつ積み重なっていきました。

夫は、朝5〜7時に帰宅し、帰ってこない日もありました。既読スルーも当たり前でした。
【報告】【連絡】【相談】(ホウレンソウ)が本当にできず、既読スルーや連絡がないことも当たり前でした。
「何を考えているのか分からない」「頼れない」という孤独が、ずっとありました。

生活リズムは真逆で、家にいても寝ていることが多く、子供のことを見るのはほぼ私でした。
夕方から朝までずっと一人で、夜泣きなども一人で対応していました。

長女は小さい頃から敏感な子で、なかなか寝てくれず、寝不足の日々でした。

乳児湿疹も長引き、皮膚科もいろいろ回りました。さらに食物アレルギーも分かり、食品にも気をつけなければいけない日々。
いろんなことに気を張り続け、ずっと余裕がありませんでした。

長女が2歳の時、息苦しさが続き、心療内科を受診しました。
過呼吸になりながら長女を育て、「私が守らなければ」と張り詰めている毎日で、心身ともに限界でした。

それでも、「まだ大丈夫」「まだ頑張れる」と思いながら、どうにかやってきました。

引っ越して、母子生活

夫と半年ほど話し合い、長女の幼稚園を決めるタイミングで引っ越してきました。(夫は東京、私と子供達は京都)

夫は年に3〜4回ほど帰宅する生活で、365日のうち340日以上は、一人で子育てをしていました。

一緒に住んでいても頼れない。
離れていると諦めはつくけれど、全部一人でやらなければいけない。
結局、どちらもしんどい状態でした。

そんな生活を続けるうちに、去年9月、普通に話しているだけで涙が出るようになりました。
何週間も涙が止まらず、精神的にボロボロになっていきました。

夫から連絡が来たり、声を聞くだけで、動悸や震えが出るようにもなっていました。

さすがにもう無理…。限界を超えていました。
今の自分の心の状態を知った方がいいと思い、心療内科を受診しようと思いました。
予約の電話で状態を聞かれ、話しているうちに泣けてきて、「ずっと涙が止まらないです。しんどいので助けてもらいたいです…」と、話している自分がいました。
予約がいっぱいですぐには行けず、初診5人待ちの状態で、1ヶ月半待ちました。

この11年での出来事を吐き出す

  • 出産予定日を過ぎ、CSTを受けるため、泊まりで来てくれていた母と産院へ。夫もその日に産院へ行くことを知っていたのに帰ってこず、電話も出ない。母が仕事先へ行き、寝ている夫を起こして連れてくる中、急激な陣痛が始まり、イライラと不安の中、長女を出産。

  • 私が乳腺炎で38,6℃の熱が出た時、子供を見てもらおうと帰ってくるのを待っていて状態を説明しても『寝るね、おやすみ〜』と寝ようとする

  • 長女の吐き戻しが酷く、小児科で紹介状を書いてもらい、大きな病院へ向かう時も『今日じゃなきゃダメなの?』と言う。

  • 長女が食物アレルギーで顔が真っ赤になり、蕁麻疹が出た時も、慌てる様子はなく、また寝る

  • 動悸や息苦しさが続き、心療内科を受診。「しんどいから少し休ませてほしい」と伝えても、早く帰ってきて子供を見ることはなく、仕事と嘘をついて飲みに行ったり、ライブへ行ったりする。

  • 真剣にやめてほしいことを涙ながらに伝えた直後でも鼻歌。

  • 『もう知らない、ほっといて!!』と言うと、本当にそのまま放っておく。言葉の裏や、その場の空気を読むことが苦手。

  • ここで〇〇しちゃダメという暗黙の了解がイマイチわからない(マクドナルドの階段で次女とグリコをしようとして「ここはしちゃダメなところだよ」と次女に注意される)

  • 真剣な話し合いになると黙る、逃げる、話しても論点がずれていき噛み合わない。

  • 2〜3ヶ月に1度帰ってくる生活で、帰ってきた時だけ夫、父親になる感じ。1ヶ月以上連絡がないことも何度もありました。

  • 終業式の園長先生の話でも寝る。家にいても何をしていても、とにかく寝てしまう。久しぶりに子供と遊んでいても一瞬で寝てしまい、「いるのに頼れない」と感じていました。

  • 片付けや管理が苦手で、ミスも多い。何度伝えてもなかなか改善されず、フォローに回ることも多かった。

  • 喧嘩して家を出た時も、一切連絡はなく、その後も何も聞いてこない。

  • 久しぶりに美容院へ行くため、長女をお願いして出掛け、帰宅すると、自分だけご飯を食べ、長女はギャン泣き(子供のご飯は用意しておきました)

ほんの一部を書きましたが、この11年はずっとこんな積み重ねでした。
私や子供達に興味や関心がないんじゃないかと感じるようになり、「家族」として一緒にいる意味や、夫婦の形が分からなくなっていきました…。

夫はASD傾向、カサンドラ症候群

『旦那さんはASD、ADHDの傾向があると思います』と伝えられました。
そして、私自身もカサンドラ症候群の状態になっていると言われました。

その言葉を聞いた時、張り詰めていたものが切れたように涙が溢れました。そうかも…とは思っていたけれど、先生に言われてストンと腑に落ち、気持ちが少し楽になりました。

夫には、どうにか伝わりやすいように、いろいろ方法を変えながら分かってもらおうとしてきました。
それでも、何度伝えても伝わらない。変わらない…。

夫婦のこと、子供のこと、家族としてのこと、今後のこと。悩んでいることを話しても感情共有ができず、どこか他人事のような反応でした。
なので、一人で悩むしかありませんでした。

言っても言っても伝わらないことで、少しずつ疲弊していきました。
女として、母親として、人として、自信もどんどん無くなっていきました…。

「夫が変わらないなら、私が全部やらなきゃ」とやってきましたが、目眩、動悸、息苦しさ、震えなど、体調もどんどん崩れていきました。

もう全部に疲れた…。逃げたい、休みたい…。でも、休めない…。

11年、この繰り返しでした。

これからの私

診察では、舌や身体の状態も診てもらったのですが、『パワーゼロの状態ですね』と言われました。

『もう十分頑張ってきたと思うので、これからは本来の自分に戻っていきましょう』
『自分の心と向き合って、好きなことや、したいことを少しずつしていきましょう』

そう言ってもらいました。

11年ずっと自分のことを後回しにして生きてきたので、「自分を大切にする」「自分を愛する」と言われても、最初は正直ピンときませんでした。

でも、先生と話していく中で、少しずつ自分の気持ちと向き合えるようになってきました。

この11年で、無理をし過ぎると心も身体も壊れていくんだと実感しました。

子育ては、自分一人だけでどうにかするには限界がありました。
でも、限界でもどうにかするしかなくて、ずっと走り続けてきました。

無理でも頑張ればどうにかなると思ってやってきたけれど、そうやって抱え込み続けるのは、もう限界でした。
無理をし続ける生き方は、もう続けられないところまで来ていました。

これからは、少し力を抜いて、我慢を減らしていこうと思っています。

この11年、「当たり前」だと思ってやってきたことを、少しずつやめていこうと思っています。

無理ばかり、我慢ばかりの生活はもうやめて、自分のしたいことも大切にしていきたいです。

この11年、ほぼ一人で子育てをしてきたので、余裕が全くなく、いろいろなことに手が回りませんでした。

でも、一昨年から「このままじゃ嫌だ!! 変わりたい!!」という思いから少しずつ動き出し、このブログや音声配信など、自分の気持ちを外に出せるようになっていきました。

今まで我慢してきた分、小さな幸せを感じられることも増えました。

我慢していた11年があったからこそ、一つ一つの喜びが大きいんだなと感じています。

しんどい…。限界…。と思う日もありますが、最近は、自分のしたいことも少しずつできるようになってきて、「楽しい」と思える時間も増えてきました。

カウンセリングを受けて

受診したことで、自分の状態を知り、自分の気持ちを見つめ直すきっかけになりました。あの時、本当に行って良かったと思っています。

一人で育てていかなければいけない生活は、今後も大きくは変わらないと思うので、今は自分の心の状態を受け入れて、休める時は休み、手を抜けるところは抜きながら、少しずつやっていこうと思っています。

怖いし、勇気がいたけれど…

ここに書くこと、正直かなり悩みました…。
でも、カウンセリングを受ける中で、同じように苦しんでいる方が結構いることを知りました。

カサンドラ症候群は、周りになかなか理解されず、孤独を抱え込みやすい苦しさがあります。
私自身も、誰にも分かってもらえない苦しさを感じ続けてきました。

怖かったし、勇気もいりましたが、少しでも伝わればと思い、書きました。

夫への共有とこれから

隠れて書くのは嫌だったので、夫には全てを話し、この記事も全部読んでもらった上で、書くことや話すことの承諾は得ています。
(反応は、自分のことなのに、どこか他人事のような夫…。)

画像

先生に薦めてもらった本も読んでもらいました。

夫は一応受け入れて、本も読んでくれましたが、「怒って受け入れない旦那さんも多い」と先生は話していました…。

今後、夫婦としてどうしていくのか、お互いどんな形で人生を歩んでいくのかは、まだ分かりませんが、自分の心と身体、そして子供達の状態が少しでも良くなっていく方向で考えていきたいと思っています。

↓日常、料理レシピなど、もう少しラフに書いているブログはこちら【奥田絢子の足跡探し】
https://ameblo.jp/okudaayako/

↓YouTube(愛用品や購入品の紹介、心の揺れ動きなどを話しています)
https://www.youtube.com/@ayako_okuda

AYAKO

AYAKO

最後まで読んでいただきありがとうございました。 

コメント

タイトルとURLをコピーしました