もともと神経質で心配性な私。
子どもを産み、誰も頼れない生活をするようになってから、どんどん不安になり、生きづらくなっていきました。
「お母さんなんだから…」
「夫婦なんだから…」
「家族なんだから…」
そんなふうに、「〇〇しなきゃいけない」と思い過ぎていたところがあります。
この思い込みが、自分自身やまわりを苦しめていたのかもしれません。
頼れないなら一人でどうにか育てていかなきゃいけない。
「私がちゃんとしなきゃ」
「私がちゃんと育てなきゃ」
そんな思いで、自分自身を追い込んでいました。
次女が小学校へ行き、少しだけ子育てに余裕を持てるようになった今、そう思います。
それまでは、その日を過ごすのに精一杯でした。
先のことなんて考える余裕もなく、歯を食いしばりながら、とにかく頑張らなきゃいけない毎日。
お父さんが普段いない分、何か言われるんじゃないか。
お父さんがいない分、私がしっかり育てなきゃ。
そんなプレッシャーで、何度も心が潰されそうになりました。
考え過ぎ、気にし過ぎですよね…。
自分でもそう思います。
でも、そう生きるしかありませんでした。
まわりを気にし過ぎる自分がめんどくさくて、嫌になる時があります。
こういう性格が、パニック障害につながったのかもしれません。
何も考えたくない。
無になりたい。
そんな時があります。
HSP気質で、一人反省会をすることも多く、いろいろ考え続けてしまうので、脳が疲れるんです。
小さい頃から神経質で心配性でしたが、産後の育児でその傾向はさらに強くなりました。
子どもの湿疹が酷く、何年も皮膚科に通い、少しでも良くなる方法を探し続けました。
アレルギー反応で顔や体が赤くなり、蕁麻疹が広がっていく姿を見て、怖さを感じながらも対応していました。
そのたびに、
「もっと気をつけなきゃ」
と思うようになり、より神経質で心配性になっていきました。
長女はあまり寝ないタイプの子で、2歳になる頃には昼寝もしなくなりました。
私も睡眠不足で、どんどん余裕がなくなり、クタクタになっていく日々。
本当は家事代行などのサービスも利用したかったのですが、当時は家計の余裕もなく、簡単には利用できませんでした。
夫のお金の使い方にも不安があり、自分に使うお金は後回しにして、少しでも節約しようとしていました。
心身ともに限界でも、代わりに子どもたちを見てくれる人はいませんでした。
どうにかしたくても、どうしようもなくて、私が頑張るしかなかったんです。
地元へ戻ってきても、母には介護や仕事があり、なかなか頼れませんでした。
食物アレルギーもあったので、当時は保育園に預けることにも不安がありました。
常に何かを心配しながら過ごしていた中で、40歳を迎えたことや、コロナ禍を経験したことをきっかけに、「死」というものを以前より身近に考えるようになりました。
「私の人生、このままで終わっていくのは嫌だ」
自分のことを後回しにしてきた10年間。
そろそろ自分のことも考えていいんじゃないか。
自分が幸せじゃなきゃ。
そんなふうに思うようになりました。
去年から少しずつ、自分がしたいことをやり始めています。
でも、340日以上一人で子どもたちを見なきゃいけないこの生活に、自分のしたいことも足していくとなると、何かを諦めなければ回りません。
子どもたちの食物アレルギーも、以前ほど気にし過ぎなくていい程度になってきました。
なので、
「ちゃんと、ちゃんと」
と思い過ぎず、少し楽をする方法を覚えてやっていこうかなと思っています。
「〇〇だから、〇〇しなきゃいけない」
という考えを少しずつ緩めて、
「まぁ、いっか」
を増やしていきたい。
今より少しでも楽に生きられる方法で、この先進んでいけたらいいなと思っています。
なかなかすぐには変われなくても、意識するだけでも違うと思うので。
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AYAKO
最後まで読んでいただきありがとうございました。



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